風とともだち---週末サイクリング

愛知県サイクリング協会(ACA)の会員になって
名所旧跡や街道をポタリングしたり、美味しい物を食べて回ったりの「探訪あいち」や
ロングライド、ヒルクライム、グランフォンドと体力の限界に挑戦する「ツール・ド・あいち」など
苦しくも楽しい自転車ライフを満喫しています。

風とともだち---週末サイクリング

風とともだち---週末サイクリング

2010年12月26日日曜日

10.12.26走り納め知多半島一周100km Ride

10.12.26走り納め知多半島100km
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今年最後のACAイベント「走り納め知多半島一周100km Ride」
掲示板にも続々と参加表明が届いている。
天気予報は「曇りのち晴れ」ときどき陽が射す程度かもしれない。
最低気温―1℃、最高気温も8℃までしか上がらないらしい。

輪行で家を出る6:50はちょうど日の出の時刻だから一番寒い時間帯だ。
走って体が温まった後のことを考えると、冬用ジャージの下は半袖シャツ1枚でもいいように思っていたが、風が少しでも出れば、体感気温は益々下がる。
やはり用心のために、もう1枚長袖シャツを着こむ。


8:00大府駅に到着。
自転車を組み立て、あいち健康の森に向かう。
健康の森入口で、左手から入ってきたのは青いORBEAさんだ。
駐車場が沢山あるから集合場所分るかなあ。

集合する前にコンビニに寄り、出発前の補給食に肉まんとホットコーヒーを買う。
ここでギセンさんやオレンジ大好きクプさんに会う。みんな早めに集合してくるんだ。

集合場所では幹事のM村さんがACAの旗を立てて待ってくれていた。
NPO北條さんは既に三本ローラーでUPも終え、I戸PAPAと話し込んでいる。
まじめ少年さんや岡崎の弱足さんも準備万端。
緑区のスギムラさんも誰か彼かを捕まえて話しかけている。
桑名のI藤さんがいる。女性はトミカワさん一人が参戦か。
Bianchiマニアさんやテラさんや赤いランドナーさんがいる。けいたろうとうさんも帰ってきた。
青いORBEAさんはまだ来ない。
少し奥に白いアンカーさんと青いジャイアンさんが揃っている。
濃いサングラスを掛けているので顔がよくわからないが、頭から足の先までバッチリ決めているのはH木さんに違いない。その隣はI本さんか。
小牧市民さんはダウンジャケットを着ているにも拘らず、妙に寒そうだ。
きっとダイエットのせいだ。


心配していた青いORBEAさんがやっと到着した。随分探したようだ。
準備に随分時間を掛けてから現れたなと思ったら、まるでミカンの行商人のように、大きなプラスチックかごに一杯ミカンを持ってきて、皆にふるまってくれた。

Fさんやガッキーさん、それに9のQさん、ひげおやじさん、電ちゃんが来なかったのは残念だが、1月3日の熱田さん初詣で会えるだろう。
Ohbaya4軍団の皆さんは別メニューで練習しているのだろう。

ミシガンさんは既にミシガンに戻ってしまったし、タンドーさんは今日は陸上を優先。六まるファイターさんは冬ごもり、S山さんはスキーに行ってしまったかも。ピナレロレロ大矢さんやタロウちゃんがいないのは不思議だ。

豊明のオカポンさんが若手を連れて自走で到着。面倒見がいいねえ。
総勢34名の、まるでツールドのような探訪あいち。





コース案内や食堂、サポート体制の説明があって、全員で記念撮影。
いよいよスタート。

ATLASのスタートボタンを押そうとしたが、手袋をはめたままではなかなかうまくいかない。変なことになってしまって、結局ルートの呼び出しから始めることになって、ひとり取り残されてしまった。

しかし34名の大所帯。一信号で渡れるのはせいぜい10人ちょっと。すぐに追いついた。
東海警察署まではずっとこんな調子で、走っては止まりの繰り返し。


しかしこの先は朝倉駅を経て、産業道路と並行する道をフリー走行。愛三工業のプロレーサーも練習に使うという長い直線道路だ。
速い人達はここで一気に行ってしまう。

師崎を過ぎてからの帰途は渋滞する上に向かい風になるので、スピードを楽しみたいならこの直線道路に限る。
LSDのつもりだったが、やはりちょっと前を追いかけてみたくなった。
新舞子マリンパークまで、期待した追い風ではなかったが、それでも気持ちよく走った。



ブリッジの上で小休止しがてら後続の写真を撮ろうと待っていたがなかなか来ないので先へ行くことにした。
下りていくと前のグループが信号を右折したところだった。
ちょうど信号が変わってしまったので手前で右に折れると、ちょうど線路の上で方向を変えることになってしまった。線路の溝にはまらないようにとちょっとハンドルをひねったら、とたんにスリップして転倒。幸いチェーンが外れたくらいで、バイクも本人も怪我がなくて助かった。

白いアンカーさんや青いジャイアンさんたちのグループに入ってトレインを組む。といっても、ほとんど青いジャイアンさんが牽いてくれるので気持ちよく走れる。ずっと道なりに南下する。
小鈴谷の辺りだろうか、道が二股になったところで、ひょんなことから先頭を牽くことになってしまった。まあ、たまには恩返しもしないとね。
ところが、二番手・三番手で走るのと、先頭を牽くのは大違い。さっきまでのスピードを保とうとすればかなり無理をしなければならない。今日は昨日と比べれば無風に近いとは言っても、先頭は風当たりが強いのだ。
しばらく頑張って走ってみたが乳酸がたまってきてもう足が回らなくなった。
先頭を代わってもらったがもはや付いていくこともできない。
一人離れてしまったところにスイムさんが戻ってきて、ゆっくりと牽いてくれた。
おかげでだんだん体力も回復して師崎に到着した。



ここに追いついてきた三重県のお二人I藤さんとK藤さん。
とりあえず「一馬屋」まで行ってみる。自転車は何台か止まっているが、待ち時間のことを考えると、やはりもう少し先の「美浜ナチュラル村」まで行ってみようということになった。
三人の中では一番高齢のK藤さんだが、躊躇なく先頭を牽いていく。
もう腹も減って体力もなくなってきているのだが、この辺りの地形は結構アップダウンしている。
I藤さんはアウターで結構重いギヤのまま上ってしまう。日頃から相当走りこんでますね。




やれやれ到着した。自転車にワイヤーを掛けているところに、どこからかけいたろうとうさんが現れて4人で昼食。
合掌造りの広い店内はそんなに混雑していなくて、6人がけのテーブルに4人がゆったりと座れた。
うどんとかき揚げの定食はボリュームも味も十分満足のいくものだった。
たっぷり1時間、楽しい食事ができたが、ちょっとマッタリとしすぎてしまったかもしれない。

ナチュラル村を出てからもK藤さんが先頭にたつ。
あとはずっと平坦な道だが、徐々に疲労が蓄積してきたのか、休憩しすぎてしまったせいか、スピードが落ちてくる。
しばらく一緒に走った後前へ出る。


半田大橋のところで前に人が見える。
何とか追いつこうとちょっと飛ばしていくと、信号で止まっていた集団に追いついた。
NPO北條さん、岡崎の弱足さん、青いORBEAさんたち健脚グループ。
ギセンさん、けいたろうとうさんもいる。赤いランドナーさんもこのロードの集団にいたとは驚きだ。いやはやお見それしました。

亀崎あたりを衣浦大橋まで健脚グループと一緒に走ってみたが、思いっきり回してやっと離されない程度。もう脚がつりそうな気配。彼らとはここで別れてギセンさん、けいたろうとうさん、赤いランドナーさんと東浦に向かう。
後ろから来た白いアンカーさん、青いジャイアンさん、オレンジ大好きクプさんとの集団になる。
イオン東浦の手前でガラスか金属を踏んだ乾いた音がした。
イオン入口の信号を渡ったところでパンクに気づく。


みんなさよなら。先に行ってください。
このへんの道はよく知っているから大丈夫。
パンク修理も手慣れたもの。ちゃっちゃと直して行くから駐車場で待っててください。
タイヤを外してチューブを取り出し、新しいチューブにすこし空気を入れて、---ここでポンプを引き抜くときに固かったので、思い切り引っ張ったら勢い余ってどこかに人差し指をぶつけた。
チューブを押し込んでいるうちに、あらら、血がタラタラ。タイヤを早く仕舞わなきゃいけないは血を止めなきゃいけないはで時間がかかる。
ミニの手押しポンプで高圧にするには指にも圧力がかかる。するとまた血が出る。いつも用意してあるはずのバンドエイドもこういう時は見つからない。
ティッシュで拭いたり、巻いたりしながらようやく修理完成。
大府高校を左折して健康の森までは朝走った道と同じだが、100km走る前と後では全然違う。いっぱしの坂道だ。

サイコンは102km。M村さんが15時13分とコールして、用紙に記入してくれた。
何人も待っていてくれて、また自転車談義が始まる。
三重のお二人が無事到着したのを確認して帰途についた。


100km走るうちには実にいろんなことがあるものだ。
まるでこの1年間の「探訪あいち」を凝縮したような出来事や、人との出会い・ふれ合いがあった。
また、この1年そのものもサイクリングの楽しさを満喫した1年だった。
本当にたくさんの人と知り合え、会話をし、教えてもらった。

今年も残すところあとわずか。
無事に楽しいサイクリングができたことに感謝しつつ、新しい年を迎えるとするか。

2010年12月19日日曜日

10.12.19打上パーティ

10.12.19打上パーティ 
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1年間楽しませてもらったACAの行事も、今日は打上げ。
名駅近くの「アサヒスーパードライ名古屋」に、日頃一緒に走った仲間が一斉に集合する。


店内に入ると、なんとアメリカに渡ったはずのミシガンさんが来ている。
ちょうどこの時期会議があり帰ってきていて、明日にはまた出立するそうだ。
絶妙のタイミング。

今日集まってくる人たちは大体顔見知りかと思っていたが、
日々一緒に走ったのは「探訪あいち」の仲間で、メンバーは限られていたようだ。
知らない人も大勢いる。

ツール・ド・あいちの上位の人達は、スタートしたら後は影を踏むことすらなく、ゴールする頃にはとっくに帰ってしまっているので、ほとんど知らないのだ。

グランフォンド、ヒルクライム、ロングライドとどれも上位で、何度も表彰されたH木さんも、初めて名前と顔が一致した。


参議院議員で愛知県サイクリング協会会長の鈴木政二さんの秘書の方は春日井市議に出馬されるそうで、今回が最後のお勤めとなった。


次いで挨拶に立たれたのは愛知県サイクリング協会副会長で、名古屋市議会議長の横井利明氏。
ところどころ笑いを誘い聴くものを惹きつける話術はさすがだ。
明日は河村市長から辞表を受け取る日だそうで、政治の世界も愛知・名古屋地区は熱くなってきている。



表彰の対象者が多すぎて、ツール・ド・あいち関係の表彰だけでも昼までに終わらない。
会場を移して食事をしながら表彰を続行した。





実は今回「探訪あいち」の参加回数で1位となり、表彰されると聞いていたので心待ちにしていたのだが、ツール・ド・あいちは3部門あり、順位ポイント以外にそれぞれにアップ/ダウン賞やスロー賞などもあるので、延々続いている。
その間よく冷えたスーパードライを飲み放題に飲んでいるので文句は何もありませんが。


グランフォンドの皆勤賞と、探訪あいちの優勝。賞状2枚と副賞を手にした。
副賞は事前に連絡して「FSAのウィングプロ31コンパクトハンドルバー」を購入、取付けもすませていたので手間はなかったが、その分感激は薄れた。
やはりこの場で現物を手渡されるのがいいな。
我儘言った分、自分で楽しみを半減させてしまった。反省。




大会ごとに重要な役割を担ってくれているスタッフの方々も、今回はちゃんと表彰された。


お開きとなった頃に景品の三本ローラーのBOXを抱えたH木さんに話しかけた。
すると周りに人が集まってきて、見ればM浦さんを始めツールドの上位入賞者ばかり。すごい豪華メンバーが揃ったもんだ。
理事長に急き立てられるまで一緒に話が聞けてよかった。
M浦さんがペダリングのコツを教えてくれたり、ブログを見てくれていると知って嬉しかった。
悪戦苦闘のヘボサイクリング日記。
なんの役にも立ちませんが、還暦過ぎても、ちょっとだけでも進化しているところを見てもらえたら、また頑張っちゃうかな。


来週は急がず、ハンドルバーの感触と、マフェトン理論を実践すべくハートレートモニターをチェックしながらの知多半島100km Ride。
速い人はとっとと行ってしまえ。
LSDで知多半島の1日をまるまる楽しんで走るのだ。
(午後から強烈な向かい風にならなければ)だけど。

2010年12月18日土曜日

10.12.18 S海自転車クラブ納会

10.12.18自転車クラブ納会

11月27日の土曜日にS海さんたちのグループに入れてもらって、
半田から常滑まで35kmの楽々サイクリングをした。


この仲間との納会が金山の「あたり屋」で開催された。
一緒に走ったS海さん、Y神さん、K藤さん、O鷹さんの他に、
当日は都合が悪く走れなかったM田さんも参加して6人の飲み会。
1人だけ呑めない人がいて気の毒だったが、他は酒豪ぞろい。
「1時間40分飲み放題」は、思い残すことなく我々の完勝だ。


Y神さんは60代後半でも現役のデザイナー。
先日のサイクリングをA4判の冊子にまとめてプレゼントしてくれた。
私の下手な写真も取り入れてくれて、そこにコピーが入ると活き活きとしてくる。

素材は「写真」と「文字」。
そこに感性とテクニックが加わると、商品価値が生まれる。
これがプロとアマの違いだな。
「永久保存版」
コピーもシンプルで優しい。

また来年も一緒に走りましょう。

2010年12月12日日曜日

10.12.12吉良公の歴史の町

10.12.12吉良公が眠る歴史の町

すっきりとした青空。
刈谷市総合運動公園に18人集合。
このところすっかり常連さんになってきた三重県のお二人も。

今日の探訪は、日本の暮れの定番「忠臣蔵」の敵役「吉良上野介」の菩提寺<華蔵寺>がメイン。
毎年12月14日に法要が行われるということでTVにも取り上げられていたので、参加者が増えたのかもしれない。歴史好きの人や街道好きの人は結構大勢いるのだ。
かと思えば、「そういえば今日は吉良の墓所へ行くんだったね」と、サイクリングならどこでもいいという人もいた。

事前の案内では安城のデンパークへ行ってから南下する右回りのコース設定だったが、昨日の試走で左回りに変更になった。

しかしまあ、一度走った道を逆にたどれるというのは、方向音痴の私からみると驚くべき才能だ。
方向感覚と距離感がしっかりしていることに加え、地図を頭の中に構成する描写力と暗記力。角ごとに何か見つける観察力と記憶力。総合的な判断力。正しいと信じて引っ張っていける行動力。感心するのみ。


ところで、逢妻駅を過ぎてもうすぐジャスコが見える辺りで9のQさんが「ここがバラバラ死体の見つかったところ」と教えてくれるので、いっぺんに気分が暗くなった。
人を殺めることは時と場合によってはあるかもしれない。しかしその後の処分の仕方は・・・考えも及ばない。



なにはともあれ18名の自転車の長い列は信号でちぎれながらも高浜市に入り、油ヶ淵公園で小休止。
オカポンさんによると、油ヶ淵は愛知県唯一の天然湖だそうで、
ここはモーターボートの訓練・練習場になっているというのは緑区のスギムラさんに教えてもらった。




西尾市から吉良町へ。
吉良の仁吉の墓所<源徳寺>に立ち寄った。
尾崎士郎の作品(そして60代以上の人には村田英雄が歌う古賀メロディーとして聴きなれた)<人生劇場>の「義理と人情」の石碑も建っている。
仁吉の墓は清水次郎長が造ったとされている。



一旦西尾へ戻ったんだろうか。以前にも立ち寄ったチーズ工房<サントルチオ> 
店主のカンパニーロおじさんの姿は見えなかった。



吉良公の菩提寺は山門をくぐってから中央に急な石段がそそり立つ。
左右にも回りこんだ坂道があるが、相当きつそうだ。
Bianchiマニアさんが新車トレックで果敢に上っていく。
フロント3枚が功を奏して見事に上りきった。
ふつうはロードで上ろうと思わないような坂を、軽さとトリプルギヤと高揚した気持ちで乗り切った、
これならどんなヒルクライムも大丈夫そうだ。


墓所にはいくつもの墓があって、吉良上野介(義央)の墓は手前の線香や花がいけてある所だと案内板で判った。
吉良家の六代目ということだ。




黄金堤は高さ4m長さ180mに及ぶ土手で、サクラがしっかりと根をおろしている。登ってみると向こう側は田んぼで、その先は川が流れている。
この川の氾濫を治めてくれた名君ということで、馬に乗った像が建てられている。



帰路はやはり風が出てくる。暖かくなったら脱ごうと思っていたウィンドブレーカーは脱ぐどころではない。風に加えて雲も厚くなってきて、できるだけ多いな人の後ろにつきたい気分。



デンパークに立ち寄った後は、街中を走る事になる。車の多さや赤信号に閉口しながら、なんだかんだと言い合って刈谷市総合運動場に帰ってきた。
それでも12月のこの時期にしては恵まれた天候の中で、ちょっと歴史を勉強するタイムリーな探訪サイクリングになった。



今日試してみたのは
(1)ハンドルバー「FSA ウィングプロ31コンパクト」のアルカーボン。
(2)変速バナナ
(3)復活したフロントバッグ
の3点の使い勝手。


ハンドルバーは六まるファイターさんの指摘のように、ウィング部分を水平にした後、ブラケット位置を少し変更したほうが良いのかもしれない。

変速バナナは6700アルテなら必要なかったんだけど、なかなかそうもいかない。

フロントバッグはポタリングの時はダンゼン便利。
ウェストポーチもリュックもいらない。これひとつでカメラ、カギ、財布、ケイタイ、ティッシュ、補給食など、何でも入ってしまう。
ただし重量がかかったときシフトワイヤーに影響を与えないかどうかはもう少し時間を掛けて観察する必要がある。

ハンドルバーはバーテープのせいでボテッとした感じになってしまったのと、せっかくのカーボン柄がほとんど隠れてしまったのがちょっと残念。
下ハンは持ちやすそうだが、今日の街中ポタリングでは試す機会が少なかった。
12月26日の「知多半島一周100km」に向けて調整しておこう。

2010年12月5日日曜日

10.12.05探訪・鎌倉街道


この時期としては暖かい晴天の探訪になった。
日本ガイシプラザまで直線距離で30km程度。R41で行けばほとんど真っ直ぐなんだけど、何しろ車道は80km以上で車が飛ばすし、かといって歩道は段差だらけでガタゴト走りにくい。

ルートラボでR41の少し西を通るルートと、少し東のルートを作ってみた。
どちらも他の道と斜めに交わったり左右に振られたりだが、ATLASに入れていけばなんとかなるだろう。

6:50に出発。R41の少し西のルートを選んだ。
北名古屋市を通って庄内緑地公園から名古屋江南線、城北橋から名古屋市役所、あとは堀川沿いにひたすら南下する。
8:30には到着できると踏んでいたのに、ちょこちょこ判断ミスを犯したり、街中ではうんざりするほど信号に引っかかったりで、思ったより時間がかかって冷や汗をかいた。



鎌倉街道というのは京都と鎌倉を結ぶ道で、今では局地的に残っているだけらしい。
これを「街道の達人」M下さんが、文献や社寺仏閣の位置などから割り出して、実際に現地を訪れて抽出した複雑な道だ。

山崎城址
亀井水
古渡稲荷
鈴木バイオリン
向野跨線橋

見所は盛り沢山あった。
桜本町にある小さな街道の石碑から始まって、白毫寺や山崎城址などの旧跡。源頼朝が産湯をつかった亀井水。
今でも製造を続ける鈴木バイオリンの工場には、りりしくいかにも文化人といった風情の銅像が建っている。
向野跨線橋は知る人ぞ知る観光スポットのようで、東海道線や関西線、あおなみ線の電車の線路が無数に並び、その向こうには名古屋の高層ビル群が偉容を誇っている。
ペデストリアンデッキ(歩行者回廊)のような跨線橋は車の心配もないので、電車や景色を眺めながらゆったりとした時間が過ごせる。


中村公園文化プラザで小休止の後、豊公橋、萱津橋と渡って清洲で食事。
ちょうどお腹のすき具合も良く、菜めし田楽を美味しく頂いた。
ガッキーさんや、みかん農家の参加者の方からいただいたみかんのデザート付き。

清洲公園まで行って、ここで皆と分かれ、五条川を北に向かった。

本日のデータ
  往路 : 32.76km
  探訪 : 27.37km
  復路 : 17.00km
   計    77km

ATLASデータ

2010年12月4日土曜日

10.12.04タイヤローテーション

10.12.04タイヤローテーション



今日は1日中晴れの予報だったのに、どうもパッとしない天気だ。
庭ではサザンカが咲き始めて冬の季節を告げる。
もともと休養日にしようと思っていたから、雲が出るなら今日のうちに出て、風が吹くならそれも今日のうちに吹いて、あした晴天になってくれたほうがありがたい。

明日の準備って、何かしておくことがあったっけ?
ぐるっと見渡していると、・・・見つけた。


後輪のタイヤが随分すり減って、平になっている。
Michelin PRO3 RACE に履き替えてまだ2000km走ったかどうかくらいなんだけど、やっぱり見るからに柔らかいからなあ。
そのくせ前輪はまだ何ともない。
すごい後ろ荷重になっているってことかな。
下ハンを持つようなことがあんまり無いから、その分、重心が後ろになっているんだろうか。
この機会にローテーションやってみるか。
考えていると面倒になってしまうから、思い立ったときにすぐ始めるのがいい。


両輪とも外す。
パンク修理と同じだからやり始めりゃどうって事ない。
ただし、パンク修理はたいがい1本やれば済むんだけど、今回は2本一遍にやらなきゃならない。パンクもしていないのに。


せっかくタイヤを外したので、ついでに風呂場で洗剤をつけて洗う。
自転車につけたまま洗ったときは思ったほどきれいにならなかったが、スポンジでゴシゴシこすっているうちに大分きれいになってきた。


これをよく拭いて、乾かした後、前後を間違えないようにしてはめた。
空気圧は今までずっと6.0BARだと思い込んでいたが、タイヤをよくよく見てみると、INFLATE 6BARS (87P.S.I.) min - 8BARS (116P.S.I.) MAXと表記されている。(minが小文字で、MAXが大文字なのは、何か意味があるのかどうかは置いといて)
今まで6BARしか入れてなかったから、すごく柔らかいタイヤだと思っていたのだ。


今回は7BARまで入れて、そこそこ硬くなった。
明日の「鎌倉街道」はほとんど市街地のようなところを走るので、スピードを出す機会はないだろうが、少し軽く回せるかもしれない。